梅雨が明けると、風景は夏色に染まります。高く突き抜けるような青い空、真っ白な雲。そして生命力あふれる緑が美しい木々。そんな夏の景色と、一陣の吹き抜ける風を楽しんでいた俳人がいました。小林一茶はある夏の日、住んでいた長屋で、さらりと吹き抜ける風を感じます。奥まった部屋に住んでいた一茶ですが、そんな自分の所まで路地を吹き抜けてきた風に感心し、句にしたのです。
風鈴を揺らし、暖簾(のれん)をたわめかせる夏の涼風(すずかぜ)。通りぬける風を肌だけではなく目と耳で感じることで、より涼しさを味わうことができます。透明感あるガラスの氷カップ、細いひごが繊細に並ぶ虫かご、そしてゆったりとした風をおこす団扇(うちわ)。いずれも日本ならではの夏の涼を楽しむ旬の道具たちです。小さな品々ですが、そこには長い間受け継がれている日本の伝統の技、文化が脈打っています。見るだけで心が和むのはそのような背景があるからかもしれません。
繊細な竹ひごで作られた虫かごは静岡県の伝統的工芸品の駿河竹千筋細工(するがたけせんすじざいく)です。静岡県では、有名な登呂遺跡(とろいせき)から竹で作られたざる等が発見されています。良質な竹が自生していて弥生時代から竹製品が作られていたことがわかります。
千筋という名前の由来は、竹ひごの細さからきています。畳の横幅、三尺(約90cm)に千本のひごが並ぶほど細いと賞賛されたのです。さらにそのひごは熟練した職人の手によって、鳥や虫を傷つけないように角を落として丸く仕上げられています。
部屋の仕切りや、外からの目隠しとして使われてきた暖簾(のれん)。夏に窓をあけ風にそよぐ暖簾は見た目にも涼やかです。夏用の暖簾は、麻や木綿といった素材で作られています。展示品は木綿を柿渋(かきしぶ)で染め上げたものです。柿渋は、高い防水・防腐・防虫効果を持っていることから古くから日用品に使われてきました。青柿のうちに採取し、搾り取った渋液(しぶえき)を何年も熟成させることにより独特の茶色へと変化していきます。また、柿渋で染められた布も年月が経つにつれ、さらにその色を深めていきます。
日本には三大団扇と呼ばれるものがあります。京都の京団扇、香川の丸亀団扇、そして千葉の房州団扇です。それぞれ作り方に違いがあります。京団扇は柄(え)と骨が別々に作られています。丸亀団扇は柄と骨が一体型で、柄の部分が平たく割られているのが特徴です。そして房州団扇は、柄と骨は一体型で作られ、柄は竹をそのまま生かした丸となっています。
エアコンが主流となった現代生活ですが、日が落ちた後のひと時、窓をあけ、団扇でやわらかい風を招きいれてみてはいかがでしょうか。
明治時代に盛んに行われていたガラスの成型技法のひとつに乳白(にゅうはく)色の柄を浮かび上がらせる「あぶり出し」というものがあります。骨灰(こっぱい)という材料を混ぜたガラス材の変色特性を生かした伝統的な技術です。熱して柔らかくなったガラスに鋳型(いがた)で凹凸(おうとつ)をつけた後、常温の鉄の鋳型へ押し付け、急激に熱を放出させると、骨灰を含んだガラスが乳白色に変色します。一度目の鋳型でつけた凹凸が見事な白い模様となって浮き出てきます。
少し懐かしい雰囲気を持つ乳白色の美しいガラスの誕生です。
展示品は富山県高岡市で400年以上もの歴史を誇る鋳物(いもの)技術で製作された風鈴です。
高岡市では1600年代初頭、当時の藩主前田利長(まえだとしなが)が商工業の発展を促そうと鋳物師(いもじ)を招きました。それが高岡鋳物の始まりです。鋳物には錫(すず)、真ちゅう、青銅などいろいろな素材が用いられます。
展示品は、仏具の楽器などにも用いられている真ちゅう製の風鈴です。その音色は、澄みきったとても美しいものです。夏の暑い日に通り過ぎる涼風を耳から楽しませてくれます。