日の光がのどかに降りそそぐ春の日に、落ち着いた心もなく、どうして桜の花は散ってしまうのだろう…。平安時代の歌人がそう詠いあげる春の花、桜。風に舞う薄紅色の花びらはこの上なく美しく、私たちに春の訪れを感じさせます。
古来より人の心をとらえてきた花。平家の落ち武者は人里離れた地で都を偲(しの)び真っ赤な椿の花を木箱に描き、その絵付けは今も花手箱と呼ばれ熊本県に伝わっています。遣隋使(けんずいし)が持ち帰った中国の飾り紐は現代に水引となってその姿を残し、花や鳥と美しい形を描き縁起物として使われています。美しく、健やかにと女の子の成長を願い花の図柄が施された手まりやぽっくり。花咲く山と共に暮らそうと山の素材を生かして作った花かご。千葉県で編まれたかごは丸みがあり、あたたかな春のお日様のような表情があります。
木の枝に芽が出始め、つぼみが花開く春がもうそこまで来ています。
鮮やかな赤の椿と、力強い黒の縁が印象的な花手箱(はなてばこ)は熊本県の人吉(ひとよし)地方で作られています。
八百年ほど前、平家の落ち武者が人吉地方に身を潜めていたとき、都を懐かしみ、都風の椿の絵柄をつけた木箱を作り、市で売ったのがこの花手箱の発祥と伝えられています。
毎年2月に開催される人吉市のえびす市(いち)では露天に並ぶ木製玩具きじ馬を男の子に、花手箱を女の子へのお土産として買って帰るのが習わしとなっています。
厚さのある底、豪華な装飾が施されているぽっくり下駄。木の履物「木履(ぼくり)」が転じて、またはその歩く時の音から「ぽっくり」「こっぽり」と呼ばれるようになりました。女の子の七五三、成人式などお祝いの着物と合わせて履かれていて、美しい漆塗りに花や鶴などが描かれ豪華な仕上がりになっています。厚い木は中がくり抜かれているので見た目ほど重たくはありません。女の子用には鈴が入れられ、歩くたびにかわいらしい音をたてるものもあります。
「まるまると健やかに愛らしく、誰にも好かれる良い子になるように」そんな願いがこめられてひと針ひと針丁寧に刺繍が施された手まり。かわいらしい花や、縁起の良い図柄が入れ込まれています。
今回の手まりは新潟県長岡市の栃尾手まりです。養蚕(ようさん)や機織(はたおり)が盛んであった越後の山里でクズ繭(まゆ)の糸や機織の残り糸を利用して手まりが作られてきました。紅白の房がつけられ、女の子へのお祝いの飾り玉として作り続けられています。
飛鳥時代、遣隋使(けんずいし)である小野妹子(おののいもこ)が任務を終え日本に帰朝(きちょう)した際、隋の答礼使(とうれいし)からの贈り物に、航海の無事と平穏を祈り紅白の麻紐(あさひも)が結ばれていました。以来、宮中への献上品は紅白の麻紐を結ぶ習慣が始まり、これが水引の原型と言われています。
展示品は結納品としておさめられた水引細工を羽子板飾りに仕立てなおしたものです。松竹梅、鶴亀が組み合わされた特別細工で、全国の70%の水引生産量を誇る長野県飯田市の職人による作品です。
良質な竹の産地である千葉県では房州団扇(ぼうしゅううちわ)、竹かご、釣竿、弓矢など、さまざまな竹製品が作られてきました。しかし土地開発が進む一方、荒れ果てる山林もあり、良質な竹を入手することも難しくなってきました。
長生郡長柄町では荒れた山林を息づく里山に戻し、竹や間伐材など自然素材を使った工芸品や肥料を作るという生活と結びついた山の活性化を図る試みが行われています。展示品は活動の一環で作られた竹製の花籠(はなかご)です。