今年度は、暮らしの中の知恵に焦点をあてて、四季折々の知恵をご紹介しています。
今回は、「備えの秋の知恵」にちなんだものをご覧いただきます。秋は実りの季節であると同時に、冬に備える保存、蓄えの季節でもあります。古くから受け継がれてきた、保存や貯蔵にまつわる知恵や工夫をご紹介します。
日本において樽が使われるようになったのは鎌倉時代あたりといわれ、ヨーロッパからアジアを経て伝わりました。耐久性と密封性に優れていることから食品や液体の保存具として発展しました。この樽の登場により遠方までの大量輸送が可能になり、酒や味噌、醤油など醸造業は大きく発展したといわれています。また特に清酒の熟成は杉の木の香りがつくことで深みが増すために、樽が必要とされました。江戸時代の日本は物を大切に使い切るという考えのもとにリサイクル社会が完成されていました。そのため酒樽は酒屋が回収し再利用し、所有者がはっきりしない樽は専門に買い集める行商人がおり、空樽専門の問屋までありました。物を大切に使うという精神をつい忘れがちな現代の私たちにとって、見習うべき点が多いかもしれません。このように樽からは保存や貯蔵だけではなく、物を大切にする知恵まで知ることができます。
桐の原産地は中国で、日本には飛鳥時代に伝わり各地で栽培されるようになったといわれています。日本産樹木の中で最も軽く、木目が美しく、また狂いも少なく柔らかいことから、箱や箪笥に使用する木材としては最高級とされています。伸長率と収縮率が低いので寸法通りの箱を作ることができ、その内部は気密性が高く、湿度から収納物を守ります。また熱伝導率が非常に低く着火点が高いため、たとえ周りが焦げても中は燃えないという特長もあります。これらの理由から衣装や書類だけではなく、刀や掛け軸などの高級貴重品から琴や琵琶などといった楽器、さらには履物、食器等の日用品まで、様々なものを収納し保存するために桐箱が利用されてきました。現代でも美術館や博物館で美術品、貴重品の保存に桐箱を使用したり、金庫の内部に桐を使用したりとまさに桐は日本の気候風土に合った木材であり、その利点を日本人は古くから知っていました。
お香の使い方は中国より仏教とともに伝わったといわれています。仏教が広まると同時にお香も定着し、平安時代には衣服にお香をたき込ませて匂いを移し楽しむ移香や追風という優雅な習慣が貴族の間に流行り、香りを楽しむことが日常的になりました。室町時代には茶道や華道と同じように香道という日本独自の芸道として大成されました。匂い袋とは香料を細かくしたものを和紙や袋にいれて腰や帯につけていたもので、その香料の種類や調合によっては虫除けの効果があり、箪笥や長持、書庫に入れることもありました。現代でも防虫香としてお香が使われています。正倉院にはえび香という匂い袋のようにお香の入った袋が残されていることから、匂い袋の歴史の古さがうかがえます。さりげない香りを楽しむお香や匂い袋は、大切な衣類を守るための優雅な知恵として古来から現代へ受け継がれています。
行李とは柳や籐、竹などで編んだ蓋付きの入れ物のことです。もともとは中国語で他国への使者を指す言葉でしたが、旅や旅人の意味として使われるようになり、日本語としてはさらに旅人の荷物を入れるものの意味へと変化したといわれています。その名の通り、行李はその軽さと丈夫さから、江戸時代に旅の荷物の収納箱として使われていたものが、通気性のよさが衣類の保存に適していたため、衣類や書類などの収納にも使われるようになったものです。また、余分な水分を吸収し、保温性に優れていたため、小さな行李は弁当箱として使われました。自然の素材を生かした生活の知恵といえます。少し前の日本では、どの家庭にも見られた行李ですが、生活様式の変化や材料難などで職人の数も減り、現代においては貴重品となってしまいました。
和箪笥が作られるようになったのは江戸時代からといわれています。それ以前は竹製の行李や木製の長持や櫃といわれる箱型の入れ物を収納道具として使っていました。ただ箱に蓋がついていただけのものから引き出しがつけられたことで、より多くのものを効率よく収納できるようになりました。これは庶民の生活にもゆとりができ、たくさんのものを持つことができるようになった江戸時代をよく反映した収納道具の発展です。箪笥産業は明治・大正時代に大きく広がり各地に箪笥の名産地が生まれました。船乗りの貴重品入れとして使われ、難破しても壊れないように頑丈に作った船箪笥や箪笥の下の部分に車が付いていて、火災の時に少人数で運び出せるように工夫された車箪笥、階段の下を収納として利用した階段箪笥など、その用途に応じて様々な種類の箪笥が作られるようになりました。