今年度は、暮らしの中の知恵に焦点をあてて、四季折々の知恵をご紹介しています。
今回は、「夏を楽しむ知恵」にちなんだものをご覧いただきます。日本の夏は、あたたかく湿った南よりの季節風が吹くことにより、とても蒸し暑いことが特徴です。その暑さをしのぐために様々な工夫がされてきました。暑い夏を涼やかに過ごすために生まれた様々な知恵をご紹介します。
風鈴は元々、中国で物事の吉凶を占う道具が仏教とともに日本に渡り、魔除けとして使われた風鐸というもので、その風鐸の音が聞こえるところでは災いが起こらないといわれていました。平安、鎌倉時代には銅製の風鈴を縁の下などに下げることで疫病神をはらっていたという記録があります。江戸時代になり、ガラスの風鈴が作られるようになりましたが、当初は非常に高価なものとして珍重されていました。ガラスの製法技術が向上することで、だんだんと値段も安くなり庶民の間にも広がり、その涼しげな音色から夏の風物詩として定着しました。風鈴の音によって風を感じその風情を愛で、夏の暑さをひと時でも忘れて楽しもうという心はまさに日本ならではの知恵といえるでしょう。
古来より水には浄化や清めのちからがあると信じられていたことから、様々な習慣が生まれたといわれます。打ち水も神が通る道を水を撒くことで清めることから始まり、礼儀作法として、家中を掃除し玄関に水を撒き、客に心地よく家に来てもらおうというもてなしの習慣につながりました。掃除や土ぼこりの防止という意味もありましたが、水が蒸発する際に地表の熱を奪い気温を下げる効果があることから、江戸時代には涼を得るための実用的な意味が大きくなりました。道路の補整や室内空調の発達によりすたれる傾向でしたが、近年ではヒートアイランド現象の対策として見直され、注目を浴びています。打ち水は何気ない習慣ですが、その中に知恵や礼儀作法の伝統を受け継いでいるのです。
絽とは織物の一種で、その織り方により、折り目に絽目という隙間ができます。その隙間によって風通しがよくなるため、夏用の正装の着物や外出着に使われました。しかし通気性があるとはいえ、実際のところ絽の着物は着ている人が涼を得るというより、その絽目の上品さから、それを見る人が見た目に涼しくさせられるということに意味があります。盛夏に着物を重ねて正装するというのはどうしても暑いものです。しかしどうせ暑いならば見た目は涼やかにしようという心は、日本人の粋な知恵を表しているといえましょう。
一般的に人間は左脳で言語を、右脳で音を処理しているとされていますが、日本人は音を左脳で処理しており、昔から自然の音や動物の声を言葉の一種としてとらえてきたといわれています。日本人が虫の声を聴いて美しさや季節などの情緒を感じることができるのはその脳の特性があるからこそなのです。平安時代の貴族の間には美しく鳴く鈴虫やコオロギなどを虫籠にいれ、その音を愛で、虫にちなんだ歌を読み遊ぶという習慣がありました。竹製の虫籠はその風通しのよい見た目から、そしてその中にいる虫の声から涼を感じることができます。それも日本人がもつ独特の感性によって生まれた知恵なのです。
金魚の原産地は中国で、室町時代の末期に日本に伝わりました。やはり最初は上流階級にしか許されない贅沢品でした。元禄時代になると金魚屋ができ一般にも売られるようになりましたが、まだまだ高価で贅沢禁止法に触れるほどでした。しかしその後、養殖の技術が向上することにより、金魚の飼育が武士や町民にも広まりました。文化年間(1804年~1818年)には江戸の町に露店が出たり、天秤棒を担いだ金魚売りが歩くようになりました。金魚の飼育は大変流行し、立派な金魚鉢やガラスの容器なども作られ売られていました。金魚を飼うことが粋な時代だったのです。金魚鉢が置いてあるだけで金魚が美しく泳ぐ姿にしばし暑さを忘れることができます。まさしく夏を涼しく過ごす知恵であるといえましょう。